あけぼの会「ストップ乳がん・母の日キャンペーン、その向かいでは・・・」![]() 北村がボランティアで、広報のお手伝いをしたりしている「あけぼの静岡」。この会は「乳がんという経験をした者同士が、希望を持って歩めるよう、交流を深め、支えあう体験者の会」です。一年に一回「母の日」にキャンペーンとして自己検診呼びかける啓発活動をしています。 ![]() 青葉イベント広場の、こちらのブースの向かいに多くの報道陣が集まるブースが、原発の是非を問うのを県民に委ねてほしいと願い、県民全体の意見を「投票」という形で、はっきり意志が示せるようにしたいとする、県民投票を実現させる会「原発県民投票・静岡」です。 ![]() その団体では市会議員「宮澤けいすけ氏」も活動しています。と言う事で「エールの交換」みたいな写真撮影となりました(笑) ![]() しかし、イケメンと並ぶと、いつもより増して情けない感じです。まぁ、ピンクTシャツのおかげで顔色はよく見えますが、カメラも持って歩いている姿は、まるで林家ぺーさん(笑)・・・な、北村でした(笑)
2012,05,13, Sun 12:03
【 〓社会活動プロジェクト::その他社会活動 】 |
企業図鑑「サクラプランニング株式会社・代表取締役_櫻井俊一氏」![]() 向陽高校の同窓生が来るので、静岡らしいお薦めのお店がないかな??って事で、友人の「花城氏」に相談したら、良いお店があるよって紹介されてうかがったのが「のへそ」さん。お見せに入って「あれ??知人に似ているような??」って思いながらも、美味しいお造り(さしみ)やお寿司をいただいていました。でも「お造り」って表現が「関西系?」なんて思ったところから、話すきっかけを作って・・・、「もしかしたら、櫻井さんですか?」って伺ったら、なんと本人だったので、こんなところでお会いするなんてビックリ!!と言うことで、久しぶりの再会写真となったのでした。櫻井さん、ご自身が大将として、このお店を切り盛りするだけでなく、フードプランナー、店舗開発、商品・メニューの開発などの「飲食系プロデュース」もされているとのこと。 お寿司がメチャクチャ旨い!!さすがです!!・・・そりゃあそうだ!!(笑)プロ中のプロですもの!!
2012,05,13, Sun 00:26
【 〓企業図鑑::静岡県内の企業 】 |
向陽高校同窓会「同窓生が静岡で下車してくれました!!」![]() 向陽高校の同窓生、後輩と言っても高校時代はかぶっていないのですが、Facebookでつながった「大和不動産鑑定株式会社」の「一色法人」さん。お仕事は不動産評価。東京での仕事の帰り、大阪に戻る途中で、立ち寄ってくださいました。この日は藤枝に宿泊との事で、静岡で一献交えながらとなりました。近年は人とのつながりをテーマに、いろんな人にお会いし、そんな中で感じているのは「向陽高校つながりの厚み」だそうで、最近は、同級生に限らず、卒業年を越えた同窓生と語る機会が増えているそうです。 「向陽高校卒というだけで、初めてお会いした同窓生でも信頼の何割かを占めますよね。」と一色さん。 うん、本当によくわかります!! 北村も特にここ最近、そんなことを実感しています。
2012,05,13, Sun 00:25
【 〓交流プロジェクト::その他交流活動 】 |
登竜門「第一回盲導犬訓練士登竜門のために富士ハーネスさん訪問」![]() 登竜門イベントの打合せのために、富士ハーネスさんを訪問しました。今回は会場をご提供くださる、向陽高校の先輩「エーワンスポーツクラブ」代表取締役である福山先輩と一緒にうかがいました。このページでは何度かご紹介していますね。お二人ともホスピタリティにとんだ、素晴らしいお人柄です。
2012,05,13, Sun 00:23
【 〓社会活動プロジェクト::登竜門 】 |
営業図鑑「掛川・加茂花菖蒲園」![]() 天気に恵まれ、なんとも美しいたたずまいを見せる「掛川・加茂花菖蒲園」。見所は「庄屋屋敷」「ふくろう鳥舎(今は、掛川花鳥園に出張中?)」「菖蒲園」「多目的温室」と、いたってシンプルですが、北村にとってはとても癒される場所です。新東名が開通した事で「森掛川IC」より、たった5分程度。とても身近になりました。でも来場者があまり多くなってほしくないという裏腹もあります(笑) 庄屋屋敷「加茂荘」 ![]() 加茂家は桃山時代からの庄屋であり、天正十七年に当時浜松城主であった徳川家康よりの書状をはじめ、江戸時代を通ずる古文書多数を蔵し、一部は文部省資料館に保存され、近世史家の間に加茂家文書として知られています。慶長九年の検地帳によれば、当地(遠州佐野郡桑地村)の過半を占める、極めて有力な庄屋であったことがわかります。その頃は手作りの稲作を行っていましたが、江戸中期の享保の頃より小作地が増え、江戸末期、弘化の頃には六十四名の小作人から五六六俵を収納した記録があり、当地としては等一級の地主となる一方、掛川藩から地方御用達として、公認の金融機関の役割も持つようになります。幕末には掛川藩に対する貸し倒れがかさみ、明治維新で幕藩体制が解体された時には、多額の貸し倒れが生じたといいます。庄屋時代の加茂家は、国学、和歌などに熱心であり、文人墨客の往来が盛んであったようです。 加茂花菖蒲園ホームページより 多目的温室 ![]() ![]() 花菖蒲園の敷地内に3000㎡の温室があり、球根ベゴニア、ケープビオラ(ストレプトカーパス)などの咲く温室内で、喫茶軽食や庄屋料理などをお出ししております。また6月中旬頃からはオリジナルアジサイなども展示されます。 加茂花菖蒲園ホームページより 屋内には、喫茶・軽食コーナーがあり、花の香りに包まれて食事ができます。庄屋弁当、1500円。昔ながらのお弁当です。 菖蒲園 ![]() 園の規模はおよそ1ヘクタールあり、約1500品種、100万株が保存栽培されています。見頃は例年5月下旬~6月中下旬で、早咲き品種から順々に咲き進み、最盛期にはさまざまな品種が咲き競います。で、この頃には連日大勢のお客様が訪れます。栽培している品種は、およそ1000品種 100万本。独自に多くの新花を作出し、また江戸時代より伝わる伝統的な古花を大切に保存しています。写真は、6月中旬頃の花菖蒲園。梅雨の晴れ間に輝く、花菖蒲園が一年の内でいちばん美しい一瞬です。 加茂花菖蒲園ホームページより 今年は、気温が低いこともあり、まだ何も咲いていませんが、(5月5日現在)花が咲かなくても、本当に美しい。加茂花菖蒲園のホームページには、咲き誇る菖蒲の写真が見られます。ぜひご覧ください。奥の方は「あじさい園」になっています。これまた梅雨の頃には、美しい花をつける事でしょう。 ![]() 睡蓮も、少し花をつけています。春夏秋冬、さまざまな顔を持つ「加茂花菖蒲園」。もちろん冬には何も花が咲いていません(温室は、さまざまな花が鮮やかに咲いていますよ)でも、日本の冬は、そうでした。冬の里山はそうでした。それをしっかり感じて、心と肌で「冬」を実感することは、日本人が身に付いている「四季への敬愛」なのかもしれません。冬を無理に春にしたりする操作は、日本人には不要なのでしょうね。 ![]() 一見、加茂荘とは関係の無い施設のようですが、緑で仕切られたお堂の敷地に入ってみると「こでまり」。これがまた、びっくりするほど緑に映える、美しい「白」なのです。春になったら「こでまり」観賞がお勧めですよ!! ![]()
2012,05,12, Sat 09:59
【 〓商プロジェクト::営業図鑑 】 |
論塾「人生理念・経営理念について語ろう・・・渡邉麻衣子報告」![]() 経営理念とは何?、経営理念とは、社会との関わり、社会への存在意義を定義とすると、 個人の人生理念にも通ずるのか?…などを論じ合いました。 ![]() 講師は北村さん。 今日は、株式会社エイワンスポーツプラザの経営者である福山重紀さんがオブザーバーで参加してくださいました。前から論塾に興味を持っていただき、一度見学をしてみたかったとか。福山さんは北村さんと同じ和歌山の向陽高校出身だそうで、北村さんとはフェイスブックで知り合ったそうです。 ![]() 論塾メンバーが全員揃うまでは、自己紹介や近況報告をし合いました。 和歌山では、経営不振であった、貴志川線に猫のたま駅長を勤務させ、遊び心とオリジナリティ溢れるたま電車やいちご電車、おもちゃ電車 にリニューアル。たま駅長のオリジナルグッズやお菓子も作ったりと工夫した結果、遠くからもたま駅長に会いにお客様が訪れるようになったそうです。HPを見たのですが、たま駅長も電車もかわいくて、和歌山へ訪れたくなりました~! 補助金に頼らずに、オリジナリティで勝負することはすごいですね! HPはこちら→ http://www.wakayama-dentetsu.co.jp/ ![]() 福山さんは、経営理念とは「会社の性格である」と主張。 人にはいろんな性格があるように、会社にも性格はあるとのこと。 なるほど~!こういう例えはわかりやすいと感動してしまいました~。 ![]() 論塾では、もちろん感動することも大事なのですが、「なぜ、感動したのか?」を考えること、吸収したことを日々の生活にどう落とし込んでいくかが大事。人にアウトプットすることで自分の身になる、何よりも実践することが大切だと、北村さん、福山さん、良知さんからアドバイスをしていただきました。 ![]() ↑北村さんが理念を再確認する時、人に伝える時に参考にしている本。 北村さんに勧められて、私も3冊ほど読んだことがあります。 ![]() 閉めは、良知さん。日々の仕事では平静心も大切であると主張。医者だったら、手術をするに辺り冷静さや恐れずに手術をやりとげなければならない。お店に来るお客様が就職活動で悩んでいた場合、会社の就職試験では、「結婚」で考えればわかりやすい。その会社に対して結婚したいって思えるくらい熱い気持ちになれるか、会社の面接官は「この人と働いてみたい!」「相性は合うのか」などを見ていると、アドバイスしています。 良知さんのお話も勉強になり、面白かったです~!しかも、閉めに言っていたことは、最近読んだ本、『恐れない技術』と『論理的に考える技術』(ともにソフトバンク文庫。田中さんが編集)にも書いてあったので、シンクロして嬉しかったです。 今日の一番の気づき『経営者の視点で考えてみる』 有意義な論塾をありがとうございました!
2012,05,12, Sat 09:38
【 〓交流プロジェクト::論塾 】 |
企業図鑑「静岡ひかりタクシー・代表取締役_望月昭克氏」![]() 向かって左の男「静岡ひかりタクシー・代表取締役_望月昭克氏」と申します。タクシー業と同時に「きのいい羊たち」という「教育業」にも携わっていた、こども教育や社会教育にも熱心な私の友人を紹介。
2012,05,07, Mon 11:29
【 〓スペシャリスト図鑑::静岡県内のスペシャリスト 】 |
毎日記「松本民芸家具を訪れた松本の旅」![]() ■国宝松本城も、かつて売りに出され取り壊す寸前だったと聞きます。そしてそれを救った方もいたそうです。 戦国時代の永正年間(1504-1520年)に、松本平の信濃府中(井川)に居を構えていた信濃守護家小笠原氏(府中小笠原氏)が林城を築城し、その支城の一つとして深志城が築城されたのが始まりといわれている。後に甲斐の武田氏の侵攻を受け小笠原氏は没落、武田氏は林城を破棄して深志城を拠点として松本平を支配下におく。武田氏滅亡後の天正10年(1582年)、徳川家康の配下となった小笠原貞慶が旧領を回復し、松本城に改名した。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐の結果、徳川家の関東移封が行われ当時の松本城主小笠原秀政も下総古河へと移った。代わりに石川数正が入城し、石川数正とその子康長が、天守を始め、城郭・城下町の整備を行う。その後、大久保長安事件により石川康長が改易となり、小笠原秀政が返り咲く。大坂の陣以後は、松平康長や水野家などの松本藩の居城として機能。水野家の後は松平康長にはじまる戸田松平家(戸田氏の嫡流)が代々居城とした。享保12年(1727年)には本丸御殿が焼失、以後の藩政は二の丸で執務がとられた。明治維新後、1872年(明治5年)に天守が競売にかけられ、一時は解体の危機が訪れるが、市川量造ら地元の有力者の尽力によって買いもどされて難を逃れる。明治30年代頃より天守が大きく傾き、これを憂いた松本中学(旧制)校長の小林有也らにより、天主保存会が設立され、1903年(明治36年)より1913年(大正2年)まで「明治の大修理」がおこなわれた。1876年(明治9年)6月19日 - 不審火により、当時筑摩県庁となっていた二ノ丸御殿が全焼。当時、県庁の移転と旧長野県との合併問題をめぐって紛争が起きており物議をかもした。跡地には1878年(明治11年)に松本地方裁判所が建つ。1930年(昭和5年) 国の史跡に指定された。1936年(昭和11年)4月20日には天守・乾小天守・渡櫓・辰巳附櫓・月見櫓の5棟が国宝保存法により当時の国宝に指定され、1952年(昭和27年)3月29日にはこれら5棟が文化財保護法によりあらためて国宝に指定されている。1950年(昭和25年)より1955年(昭和30年)まで解体復元工事(「昭和の大修理」)。とのこと(Wikipediaより) この「黄金比率」のような美しさは何でしょう!!どの角度から見てもバランスがとれている建物ってすごいです。まぁ現代の建物「ビル」のように直方体なら、どの角度から見ても同じですが、美しいとはとても思えません。さすが「ひらがな」を生み出し、育てた国です。 ![]() ■ほら、この角度もまた絵になるでしょ?この設計は素晴らしいのひと言です。さすが国宝。 ![]() ■城主は、最上階で政治を行っていたのでしょうが、毎日登城するのは大変だろうな想像できる階段でした。 ちょうど桜開花の時期でもあり、一年のうちで一二を争うくらい美しく、絶好の「松本城見学日」となりました。続いて訪れた「旧開智学校」は、建築技術というより「建築芸術」の粋を集めた建物。 「旧開智学校」もWikipediaで調べてみました。 松本藩校崇教館の流れを汲む。また当校内に中学水準に相当する課程として設置された英学課は、旧制松本中学・長野県松本深志高等学校の祖となった。旧開智学校は明治時代の代表的な擬洋風建築で、日本瓦葺きの木造2階建て、外壁は漆喰塗である。校舎は白を基調としており、中央に塔があり、その下に彫刻がある。地元出身で東京で西洋建築を学んだ大工棟梁の立石清重により作られた。東京の開成学校と東京医学校を参考に作られたと言われる。現存する部分は移築されたもので、当時は西側に同じく2階建ての教室棟が存在した。現存する校舎とつながっていたが、移設の際取り壊された。資料館として修復される際に塔を中心に左右対称であるかのように復元されたが、その名残もあり実は左右対称にはなっていない。(Wikipediaより) ![]() ■こちらもまた重要文化財の「旧開智学校」。この美しさもまた国宝級。 ![]() ■細部に至まで「デザインしよう」という心を配ることができているのは、余裕?時間?それとも美に対する意識? ![]() ■避雷針に取り付けられていた方位 ![]() ■立派な鬼瓦です。 さて、続いて訪れたのは「縄手(ナワテ)通り商店街」。2001年に全面的に改装されたが、風情のある庶民的なたたずまいは、そのまま。ただ、あまりの寒さに各店をゆっくり見て歩く余裕もなく、足早に今回の松本訪問での目的のひとつ、おなじ女鳥羽川沿いにある、松本民芸家具をふんだんに使用した「珈琲まるも」を訪れました。旅館に併設されているのですが、明治21年の蔵を利用し、昭和31年に開店。「旅館まるも」にいたっては、慶応4年の創業で、建物すらも明治21年!素晴らしい店内です。 ![]() ■縄手(ナワテ)通り商店街。松本城用の「縄」を作ったところから由来されているとか。 ![]() ■昭和31年創業の「珈琲まるも」。このお店を訪れた数々の人の時間と歴史が感じ取れます。 「珈琲まるも」を後にして、脇道を抜け「中町通り」を歩き、松本民芸家具・池田常務にお会いした「松本民芸家具ショールーム」の先にある「ちきりや」という民藝雑貨を扱うお店。この「ちきりや」は、故・丸山太郎氏のお店で、丸山氏と言えば柳宗悦の民芸運動に共感し、松本市郊外に「松本民芸館」を建てられた方です。今回は、残念ながら「松本民芸館」に訪問できませんでした。 ![]() ■「中町通り」は、蔵を中心としたまちづくりがされています。 ![]() ■民藝の理念をしっかりと持った素晴らしい品を扱うお店です。 ![]() ■店内も、松本民芸家具としっくりとくる品ばかり。まさにこちらも宝箱でした。 この後、浜松での打合せ予定があり、慌ただしい「松本の旅」となりましたが、帰り道を今までまったく走った事のないルートで行ってみました。余裕がなく停めて撮影というのがほとんどできなかったので、道の駅ぐらいしか、撮影されていませんが、松本--浜松ルートを考えていらっしゃる方の参考になさってください。松本IC→【長野道--中央道】→飯田山本IC→【三遠南信道・無料】→天竜峡IC(現在ここまで)→【国道151号線】→道の駅信濃路下條→【国道151号線】→西條(ここから151号線一部通行止めのため迂回・4月末現在)→【県道244号】→阿南高校→【県道1号線】→平岡→【国道418号線】→鷲巣→【国道418号線】→天龍村→【国道418号線】→新野(ここで迂回終了)→【国道151号線】→道の駅信州新野千石→【国道151号線】→坂字場→中設楽→三輪→川合→【三遠南信道・無料、そのまま新東名】→浜松 ![]() ■お城のような「道の駅信濃路下條」。峰竜太の古郷にある道の駅。道の駅巡りをする人の気持ちがわかります。 ![]() ■農産物が豊富にある「道の駅信州新野千石」。こういう場所を見ると自分の住む場所を疑ってしまう。
2012,05,04, Fri 23:32
【 〓リリース::毎日記 】 |
論塾「竹田さん担当:目標の立て方・・・渡邉麻衣子報告」![]() 4月の第4木曜日のフリー枠は、人事教育研究所の竹田さんが担当してくださいました。 テーマは、「目標設定が失敗する5つの理由。本気を引き出す目標のつくり方」 ![]() 竹田さんは、4月に「人事教育研究所」を開設。 昨年の最後の論塾で、 「若年者の就労支援に興味がある。専門的に勉強したい。」 と言っていた言葉が印象的でブログも拝見させていただいておりました。 ブログはこちら→ http://blog.livedoor.jp/taklaa/ 会社を設立して、次のステップに進み続けている、竹田さん。是非、お話しを聞いてみたいと思っていました。 今日は、普段の講演のお仕事で使われている資料をもとに講義。 その後は、ワークショップ形式。 ![]() 目標設定が失敗する5つの理由。 ①やりたくない事を目標にしている。 ニーズ(~しなければならない)→苦痛……長続きしない。 ウォンツ(~したい)→自然……ムリなく続けられる。 ②達成までのモチベーションがない。 ・外発的動機付け(給与、賞与) ・内発的動機付け(喜び、意義) ③目標達成の具体的イメージがない。 ④いつまでにという期日がない。 人は期日がなければやらない。できない。 ⑤目標達成までのステップがない。 ![]() ①~⑤までのお話を聞いて、「ウォンツ」を重視して、目標設定したいと思いました。 目標達成するために、時には「ニーズ」もやらなくてはならないのかもしれないけれど、 根底を「ウォンツ」で進めていけば、楽しく、無理なく、集中して、目標に向けて頑張れそうです。 また、目標は「他者視点」も考慮すると、もっと絶大な成果を上げられるとのこと。 なぜならば、他者に与える喜び・実際的効果が感じられることで、より一層大きなモチベーションを得ることができ、 内発的動機付けが喚起されるそうです。 ニーズ・ウォンツ分析の表で表すと、ニーズもウォンツも高い方が好ましい。 例えば、人は基本的に、車検はやりたがらない。しかし、車検をしなければならない。ニーズは高いがウォンツは低い。 とある車検会社は、車検をやってくれたお客様に「ランチ券」をプレゼントしたり、ヘアカットしてる間に車検を済ますなど、 スピードを重視するようにしたりと、お客様が車検に対するウォンツの低さを高い方向へ持ってくように努力しているそうです。 ![]() ニーズもウォンツも低い商売、サービスはあると思いますが、工夫次第で「ウォンツ」をたかめ、お客様を喜ばせることができ、 仕事も楽しくすることができると思いました。 ![]() 講義が終わったところで、目標設定用紙に記入! 普段から、目標を掲げて、日々を過ごしている論塾メンバーは、記入するのが早い! 竹田さんも「みなさん、早いですね!」と、驚いている様子でした。 ![]() 今日もためになる論塾をありがとうございました! 論塾メンバーの鋭い質問にも勉強になります。 竹田さんのおっしゃるとおり、目標を設定したら、実践するように心がけたいです。 嬉しいことに、竹田さんは「賢者の書店」の電子出版に興味があるそうです。 是非、素敵な本を作りましょう。 今後ともよろしくお願い致します。
2012,05,04, Fri 22:05
【 〓交流プロジェクト::論塾 】 |
企業図鑑「松本民芸家具・池田素民氏訪問」![]() ■松本民芸家具のショールーム。蔵のある通り「中町通り」にあります。 北村が、理念をしっかり意識する事で、変わりつつある個人の価値観のひとつ「スローライフ」「シンプルライフ」を模索する過程で出会った「松本民芸家具」。時代とともに美しく磨き上げられて来た「日常の美」の・・・、日常の美を極めたデザインに魅了され、人間が豊かに暮らす上で「家具のある生活、家具のある社会」は、どうありたいかという「理念」をしっかりと据え、それが今、そして未来の社会にどんな価値を人々にもたらすかという「価値観」までもが明確で、それらをかたくなまでに貫き通す「職人、そして企業」の姿に、自分の未来の心持ちを重ねながら、少しずつ「松本民芸家具」と共にある生活にシフトしています。 さらに、前述の「松本民芸家具の理念・価値観、そして、それらをかたくなに守り続ける姿勢」を、できるだけ多くの人に知っていただくために何をするか・・・が、北村の使命と考え、迷いなく「ファンクラブ」を立ち上げて、「株式会社松本民芸家具・株式会社中央民芸」さんに、さまざまな許可・承認を申請させていただいたところ、主旨を理解してくださり、快諾してくださいました。 しかも、お会いした事もないのに、メールと「Humapediaブログ」というメディアだけで、快諾いただいたのです。やはりこれは訪問し、ご挨拶させていただかないとと思い、連絡をとり、急遽「松本、そして松本民芸家具」訪問となりました。 ![]() ■北村にとって夢のようなショールームです。囲まれて暮らしたいですね。 松本市中央3-2-12にある、中央民芸ショールーム。北村にとっては「夢のような空間」でした。そのショールームの中の、これまたステキな「応接セット」で、お話をしてくださったのは、株式会社松本民芸家具・常務取締役「池田素民」氏。松本民芸家具創業者「池田三四郎」氏のお孫さんにあたる方です。池田氏とお話ししていて、気づく事がたくさんあり、とても感動しました。まさに「民藝」という理念をしっかり受け継ぎ、それを自分の生き様にしながら、「日本のものづくり」を守り続けられている、日本伝統工芸の「哲学継承者」です。以下は「池田常務」のお話を抜粋してまとめてあります。(そのままいただいた言葉ではなく、文語的にまとめてあります) 池田さんのお話を通じて、読者のみなさんの「自分の理念づくり」のお役に立てば幸いです。(話しの流れ上、敬称略させていただいている場合もございます) ![]() ■民藝のフィロソフィーについて、とても熱く語ってくださいました。 民藝と聞くと「民芸品」や「民芸酒場」などのように、「田舎風」「古い」など・・・と思われがちです。もちろん概念的には相反するものではないですが、民藝の提唱をされた「柳宗悦」先生の云わんとされていたのは、例えば、自然の中に存在する「たんぽぽが美しくない」と思う人は少ないですよね。そこに多くの人に「美しい」と受け入れられる美の原点があると考えています。民衆が日常必要とし、人間の生活に溶け込み、阻害するものではなく、作り手は無心で、自然界のように時が経ち詫びていく「ものづくり」。その追求そのものが「民藝」と「民芸調」との違いだと思います。松本民芸家具は、自然と同様に、日常に存在する美を「柳宗悦」先生方が、研究・追求、そして完成させた中で、松本民芸家具は「家具というジャンル」で、理念、価値観、そして技術を伝統として守り続けています。(池田常務談) ![]() ■椅子の背などに使用する「曲木」を作っている風景、木を蒸して、二人掛かりで力を加えて一気に曲げます。 池田常務のはからいで、なんと工場を見学させていただきました。 民芸家具には、他にも「北海道民芸家具」さんがあります。かつて「クラレ」の「大原總一郎」氏が、北海道の原野に広大にある森林の有効活用を模索している中で、祖父の「池田三四郎」に相談がありました。では「家具を作ろう!!」ということで、松本に受け入れた「北海道民芸家具を担う方々」に「松本民芸家具」の哲学と技術を伝授しました。ただ、元来、民藝家具という工芸品は「儲かる」とか「効率良く製造できる」というものからは、まったく真逆の哲学をもって作っています。これを伝承し、今日、そして未来に向けて守り続けるのは、経済至上主義の現在社会では並大抵のことではないでしょう。「北海道民芸家具」さんは、「大原總一郎」氏亡き後、製造方針がかわりました。しかし、私たちは、その方針を否定するものではありません。民芸家具を普及させたことに寄与した「北海道民芸家具」さんの功績もあります。また私たちは「すべてを手作りすることが良い」とも思っていません。効率よく作れるところは、できるだけ機械を利用します。のこぎりで引くより電動丸鋸を使うことで、時間が削減できれば、価格も抑えられますしね。しかも、制作に必要な機械を自分たちで作ったりもするんですよ。ただ、理念、デザイン、製造方法などの哲学はかたくなに守り続けています。それが、現代社会では「非効率」に見えるかもしれません。 私たち「松本民芸家具」は、自然の恵みを受け、敬い、お借りして「家具」を作ります。でも、この家具を作らせていただくのは「150年」を経た木ばかりです。つまり、150年経たないと家具になる木に育たないと言うことです。私たちは木が生きてきた「150年の命を絶つ」わけですから、作る家具は、最低でも150年まで、次の機会を待ち、維持できる家具を作ることが感謝の念を表す事として当然の事なのです。しかも、私たちは時を過ごすとともに、相互敬愛の関係を深めていく自然とともに生きています。自然から生まれた家具も同様に時が経つとともに、思い出、敬愛を深める関係でありたいと考えています。そういう観点からも「松本民芸家具」は、「民藝」の理念に沿った「ものづくり」をしているのです。(池田常務談) ![]() ■塗っては乾かし、そして削っては、また塗ってと8回以上も繰り返す塗装。 日本人の商売に対する哲学とも言えるような面白いエピソードがあります。前述の「大原總一郎」氏が、松本を訪れた時、祖父「池田三四郎」が、そば屋にお連れし「素晴らしいそば職人だから・・・」と紹介をしました。そのそばがいたく気に入った「大原總一郎」氏は「岡山に来て、そば屋を開かないか?」と誘いました。迷っていた「そば職人」を、祖父「池田三四郎」は後押したそうです。今では「倉敷 信州手打ち蕎麦 あずみ」として、倉敷で活躍されています。店内の家具は、松本民芸家具をお使いくださっています。あずみの店主は、ことあるごとに「池田三四郎氏のおかげ・・・」と言ってくださいますが、商売人に限らず、かつての日本人は「がんばっている人を無償で応援する事は当然」で、大原氏にしても、祖父にしても、無償どころか「持ち出し」だって厭わなかったんですよね。(池田常務談) ![]() ■ちょうどウィンザーチェアを組み立てていらっしゃいました。 人は身の回りのものによって「心」が変わります。人は哲学のないものを「本能的」に感じ取ります。時が経つとともに「愛着」が生まれ、大切にしようと思う「製品」には、必ず「フィロソフィー(哲学)」があります。それが前述の「理念、価値観」に沿ったものづくりであれば、「万人が美しい」と感じてくれる哲学なのです。柳宗悦先生がかつて「客観の美」とおっしゃったことがあります。たんぽぽのように誰しもが美しく感じる・・・、まさにそれが民衆的工芸・・・「民藝」なのだと思います。(池田常務談) ![]() ■職人の取り組む姿というのは、いつも凛とした空気を醸し出しています。 松本民芸家具を販売するチャンネルは、今までの販売店の他に、近年「ビームス」との取引も生まれ、若い方々が「自分の生活」を見直すなかで、モノを所有することの意義の発見を通して「松本民芸家具」の哲学に対して注目が集まっているようです。若い人が「車など、モノを所有しなくなった」という話しをニュースなどで耳にします。多分そうじゃないんだと思います。「モノに対してのフィロソフィーを所有するようになった」のだと思います。 北村にとっても同様です。自分の哲学をさまざまなシーンで貫き通すことの必要性を感じた時、生活そのものが「哲学に沿っていない」と感じられ、松本民芸家具を自分のそばに置くことで「ぶれないフィロソフィー」を所有しようとしているんだと思います。 本当に、たくさんのたくさんの気づきをいただいた訪問、そして池田常務との会談となりました。 ![]() ■池田常務、大変お世話になりました。ありがとうございました。 これからも「松本民芸家具の哲学」「日本の伝統的ものづくりの哲学」「日本人としての理念」を、自らの生活の中で「松本民芸家具」を触れながら、松本民芸家具や池田常務さんのお話を、社会に伝えていく役割を担っていきたいと思います。 池田常務、お忙しい中、ありがとうございました!!
2012,05,01, Tue 09:56
【 〓企業図鑑::静岡県外の企業 】 |































































